待つ宵、来るはずもないのに。
色なき風が吹き、花は揺れ、
波は落ち着き、僕は見つめる。
滔々な日々に自分をなくし彷徨った。
あの頃に間違った選択をして、
皺になったこの服が、ただたなびく。
静寂に心囚われ、影に落ちる夕日。
時化になる。砂に描いた足跡は、流され、
消し、知らない国へと渡り歩いている。
飲み込むほどの大きな白浪に、
黒い心と灰に似た骨を預けて手を広げる。
夕凪、僕は立っている。
目を閉じた。過去の荒い波風を、
思い出して、また潮に引かれる。
潮鳴りが響き、耳が鼓動する。
宵の口、段々、橙に包まれる。
空と海の境目に、一艘が揺れて、
そこから彼は見つめている。
水平線の下、染まる蜃気楼。
静淵に心現れ、動かない彼と、
無音で騒がしく止まる思考に、
碇がそこへと沈み、住処になる。
限りなく透明に近い色の雨は、
澄んだ海へと混ざり合う。
融解。進路を定める船首に、
彼は遠く先の目的地を見定めている。
黄昏、僕は見ている。
揺られた舟に立っている彼を。
後ろ姿かもしれない、その姿を。
あれは、誰だろうか。彼だろうか。
風が止まり、息が止まる。
波が止まり、時が止まる。
足が止まり、目を閉じる。
逢う魔が時、ここに来て。
誰そ彼時、ここに来たんだ。
雀色時、まだ消えていないよ。
いつか、そのいつか。
月に叢雲、そばにいるだろう。
花に風が吹き、飛ばされていく。
風に海が、狙いを澄まして、
ここぞとばかりに漂い占める。
春を告げる鳥が鳴く、庭に咲いた。
水温む季節にまた、そのまたね。
優しい時間に暮れる彼は、
東雲が頭上に来るまで待ち、
押し明け方、天使の梯子が指す。
こちらに何かを伝えている。
宵の明星に照らされて、
砂に隠れた飛沫が顔を出す。
問いだ業(カルマ)、波は返す。
大きく小さく、こだまのように。
彼は影を味方につけ、ゆく。
背景に染まりつつ、消えゆく。
凪いだ刹那、世界は動き出す。
彼の行く末をじっと見つめる。
僕は、言葉にできない感情を、
詩に閉じ込めた。記憶の記録として。
荒んだ航海を抜け、水に浮かぶ斜陽。
漂う波に任せるように彷徨い続ける。
舟人は、逆光を受けて黒に色浸かる。
「夕凪に問う誰そ彼時」